「どれを買えばいいか分からない」ときに、いちばん多くの人が最後に行き着く名前。 でも、なぜそうなったのかを説明できる人は多くありません。 織機(布を織る機械)の工場から始まった会社が、どうやって世界一になったのか。 その物語を知ると、店頭で見るカタログの数字が、少しちがって見えてきます。
トヨタを一言でいうと、"ふつうの人が、ふつうに使い続けられる車"を、世界の規模でつくり切った会社です。
速いとか、豪華だとか、そういう分かりやすい看板ではありません。 壊れにくい。直せる店が全国にある。手放すときに値が付く。 この3つを同時に成立させたことが、トヨタがここまで大きくなった理由です。 日本で車を選ぶとき、多くの人が無意識に「これがふつう」と思っている基準は、かなりの部分がこの会社が作ったものです。
トヨタが得意なのは、新しさを一番に出すことではなく、みんなが使えるようになるまで待って、確実に届けることです。 その慎重さが「安心」と評価されることもあれば、「面白くない」と言われることもあります。同じ性質の裏表だと思ってください。
トヨタのはじまりは自動車ではありません。布を織る機械、織機の会社です。 豊田佐吉(とよだ さきち)が始めた織機事業を土台に、その息子である豊田喜一郎(とよだ きいちろう)が、 1933年、豊田自動織機製作所の中に自動車部をつくりました。ここが出発点です。
当時の日本に、自前で乗用車をつくれる会社はほとんどありませんでした。輸入車と、外国メーカーの組み立て工場ばかりです。 そこへ「日本人の手で自動車をつくる」と言い出した。無謀に近い挑戦でした。 1935年にG1型トラック、1936年にAA型乗用車。そして1937年8月28日、自動車部門が独立してトヨタ自動車工業株式会社が生まれます。 翌1938年11月3日に挙母(ころも)工場が動きだし、この日が創立記念日になりました。今の愛知県豊田市です。
順風満帆だったわけではありません。戦後の1950年、会社は資金繰りに行き詰まり、大規模な労働争議が起きます。 喜一郎は社長を辞め、会社は製造(トヨタ自動車工業)と販売(トヨタ自動車販売)に分かれました。 この経験が、後の「必要なものを、必要なときに、必要なだけ」というトヨタ生産方式につながっていきます。 苦しかった時期に生まれた考え方が、いまも世界中の工場でお手本にされている・・・ここは覚えておいてほしいところです。
1951年、警察予備隊向けに開発されたジープBJ型が誕生します(1954年にランドクルーザーと改名)。 1955年には初代クラウン。外国の技術に頼らず設計した、本格的な純国産乗用車でした。 そして1966年、カローラ。この年は「マイカー元年」と呼ばれ、車が一部の人の持ち物から、家庭の持ち物に変わります。
1970年代の排ガス規制とオイルショックは、日本の小さくて燃費のいい車を世界に押し出しました。 1982年に製造と販売が再び合併して、現在のトヨタ自動車株式会社に。 1989年には高級ブランドのレクサスを北米で立ち上げます(日本での展開は2005年)。
1997年、世界初の量産ハイブリッド車として初代プリウスが登場します。 2000年代に販売台数で世界の頂点に立ちますが、そのあと2009年から2010年にかけて、 北米を中心とした大規模なリコール(無償の回収・修理)問題に直面しました。 大きくなった会社が、品質と向き合い直した時期です。
2014年には燃料電池車のMIRAI、2020年代はハイブリッド・プラグインハイブリッド・電気自動車・燃料電池車を同時に進める "全方位"戦略をとっています。経営体制も近年は交代が続いており、2026年時点の公式会社概要に載る代表取締役社長は近健太氏です。
その会社が何にこだわり続けてきたか。トヨタの場合は、エンジンよりも先に"つくり方"が来ます。
| 背骨 | 中身 | 買う人にとっての意味 |
|---|---|---|
| トヨタ生産方式 | ジャストインタイム(必要な分だけ流す)と自働化(異常が出たら機械が自分で止まる)の2本柱 | 個体差が少ない。当たりはずれが小さい |
| ハイブリッド | 1997年から積み上げた量産の実績。電池・モーター・制御の蓄積が長い | 街乗り中心の人の燃料代が下がる。中古でも需要がある |
| 全方位(マルチパスウェイ) | ハイブリッド・プラグインハイブリッド・電気自動車・燃料電池車を並行して開発 | 住んでいる地域や使い方に合わせて選べる |
| 共通の土台(TNGA) | 車台や部品の設計思想を車種をまたいで共通化する考え方 | 部品が安定して手に入る。修理代が読みやすい |
| 販売・整備網 | 全国に販売店と整備工場がある | 旅先で困っても、たいてい近くに直せる場所がある |
多くのメーカーは「エンジンが背骨」です(スバルの水平対向、マツダのロータリーなど)。 トヨタの背骨は工場と流通にあります。 だから車そのものの個性は控えめでも、持ち続けたときの安心が強い。この違いが、後の維持費の話に効いてきます。
トヨタの車種は数が多すぎて、名前だけ並べても頭に入りません。 そこで、似た役割どうしを7本の流れ(系統)に束ねて整理します。 自分が気になっている車が、どの流れの何代目なのかが分かると、中古車を見るときの目が変わります。
| 系統 | 流れ | いま買うなら |
|---|---|---|
| 高級・セダン | AA型 → クラウン(1955〜) → センチュリー → セルシオ/レクサス | クラウン各種 |
| 大衆・コンパクト | コロナ(1957) → カローラ(1966) → ヴィッツ → アクア → ヤリス | ヤリス/アクア/カローラ |
| SUV・四駆 | BJ型(1951) → ランドクルーザー → RAV4 → ハリアー → ライズ | ヤリスクロス/RAV4/ハリアー |
| ミニバン・ワゴン | ハイエース(1967) → エスティマ → ノア/ヴォクシー → アルファード | シエンタ/ノア/アルファード |
| スポーツ | 2000GT(1967) → セリカ → スープラ → MR2 → 86 → GR各車 | GR86/GRヤリス |
| 電動化 | プリウス(1997) → プリウスPHV → MIRAI → bZ4X | プリウス/bZ4X |
| 商用・トラック | G1型(1935) → トヨエース → ダイナ → ハイラックス | ハイエース/ハイラックス |
ここは"よく見かける言われ方"を集めた項目です。書き込みは、満足した人より不満を持った人のほうが書く傾向があります。 そのまま真に受けず、数字(販売台数・不具合の調査・下取り相場)と並べて読んでください。観測は2026年8月時点です。
ほめ言葉と悪口が、実は同じことを指しているのが分かるでしょうか。 "外さない"は"意外性がない"と同じです。"人気で下取りが強い"は"買うときも高くて値引きが渋い"と同じです。 どちらを取るかは、車に何を求めるかで決まります。ここは他人の書き込みではなく、自分で決めるところです。
| 項目 | トヨタの傾向 |
|---|---|
| 部品の入手 | 流通量が多く、社外品も豊富。古い車でも部品で困りにくい |
| 修理・整備 | 正規ディーラーのほか、町の整備工場やカー用品店でも扱いやすい。相見積もりが取りやすい |
| 車検・工賃 | 整備できる場所が多いぶん、価格競争が働きやすい |
| リセールバリュー | 全体に高め。特に人気のミニバンとSUVは強い |
| 購入時の価格 | 人気ゆえに中古相場も高め。安く買うという点では不利なことがある |
| 電動化まわり | ハイブリッドの整備経験を持つ工場が多い。駆動用電池の保証条件は車種と年式で確認が必要 |
金額の具体例は、第17講「維持費の全体像」で軽・コンパクト・ミニバン・輸入車を横並びの表にして比べます。ここでは傾向だけつかんでください。
次に道を歩くとき、すれ違う車のエンブレムを10台だけ数えてみてください。 そのうち何台がトヨタか。数字で見ると、この章の話が自分の街の風景とつながります。
町工場から始まって、二輪で世界一になり、自動車を作り、飛行機まで飛ばした会社。 ここまで振れ幅の大きい自動車メーカーは、世界を見てもそう多くありません。 「作りたいものを作る」という気質が、いまも車の性格に残っています。
ホンダを一言でいうと、"できるはずがない"と言われたことを、やってみせたい会社です。
創業者の本田宗一郎は、まだ小さな二輪メーカーだった時期に、世界最高峰のオートバイレースへの参戦を宣言しました。 四輪に参入して1年ほどでF1に出て、数年で優勝もしています。 ふつうなら順番に積み上げるところを、いきなり一番高いところへ行こうとする。その気質が会社の背骨です。
ホンダの車は、しばしば「なぜここまでやったのか」という設計が入っています。 燃料タンクを床下に置いて室内を広くする、軽自動車なのに天井を高くする・・・。 その工夫が使いやすさになっている一方で、独自の作りゆえに整備の相談先が限られることもあります。長所と短所は同じところから出てきます。
はじまりは戦後の浜松です。1946年、本田宗一郎が本田技術研究所を立ち上げ、自転車に小さなエンジンを付けて売りました。 移動手段が足りない時代に、これが売れます。1948年に本田技研工業として会社になりました。
ここで大事なのが、経営を任された藤沢武夫という人の存在です。 技術の宗一郎と、売り方と資金の藤沢。この二人組でなければ、ホンダは町工場のままだったかもしれません。
1954年、まだ会社が資金難だったころに、宗一郎は世界最高峰の二輪レース、マン島TTレースへの出場を宣言します。 そして1961年に本当に優勝してしまう。1958年に出したスーパーカブは、のちに世界でもっとも多く作られた二輪車になりました。
四輪に参入したのは1963年です。軽トラックのT360と、スポーツカーのS500。 その翌1964年にはF1に参戦し、1965年のメキシコGPで初優勝しています。 参入から2年での優勝です。ふつうではありません。
1970年代、アメリカで厳しい排ガス規制(マスキー法)が決まり、世界中の自動車メーカーが「達成は不可能だ」と反発しました。 そこへホンダが1972年にCVCCというエンジンを出し、後処理装置に頼らずに規制をクリアしてみせます。 このとき同時に発売されたシビックが世界的なヒットになり、ホンダは一気に自動車メーカーとして認められました。
1982年にはアメリカのオハイオ州で四輪の現地生産を始めます。日本の自動車メーカーとして初めてのことでした。 1986年には北米向けの高級ブランド、アキュラを立ち上げています。
1990年代、バブル崩壊後の低迷を救ったのは、1994年のオデッセイでした。 背の高い車を作る設備がない中で、乗用車の工場で作れるミニバンを生み出し、これが大当たりします。 2001年のフィットは、燃料タンクを前席の下に置くという設計で、小さいのに広いという評価を得ました。
2011年に出したN-BOXは、日本の新車販売でもっとも売れる車の一つになります。 そして2015年にはHondaJetの納入を開始しました。二輪、四輪、そして飛行機。ここまでやった会社は他にありません。
近年は電動化への大きな投資が必要な時代に入り、2024年から2025年にかけて日産との経営統合が協議されましたが、まとまりませんでした。 独立を保ってきた会社が、これからどう進むのか。いま注目されている点です。
| 背骨 | 中身 | 買う人にとっての意味 |
|---|---|---|
| エンジン | 二輪で鍛えた、高い回転までよく回るエンジン。VTECなど独自の機構 | アクセルを踏んだときの気持ちよさ。同じ排気量でも元気に感じる |
| 空間の使い方 | 燃料タンクを前席の下に置く設計(センタータンクレイアウト) | 車体は小さいのに、室内と荷室が広い |
| 軽自動車 | N-BOXを筆頭に、背が高く広い軽 | ベビーカーも車いすも積める。軽の常識を変えた |
| 運転支援 | Honda SENSING。2021年には自動運転の一段階上の機能を市販車で実現 | 高速道路での負担が減る |
| 二輪と航空 | 世界最大級の二輪メーカー。小型ジェット機も自社で開発 | 車以外で稼ぐ力がある=四輪の方針を独自に決められる |
トヨタの背骨が工場と流通だとすれば、ホンダの背骨はエンジンと発想です。 だから同じ大きさの車でも、走らせたときの表情がちがいます。 逆に、そろえて量産することよりも面白さを優先する場面があり、そこが好き嫌いの分かれ目になります。
| 系統 | 流れ | いま買うなら |
|---|---|---|
| 軽自動車 | T360/N360(1967) → ライフ → トゥデイ → N-BOX(2011) | N-BOX/N-WGN/N-ONE |
| コンパクト | シビック(1972) → シティ → ロゴ → フィット(2001) | フィット/シビック |
| セダン・上級 | アコード(1976) → プレリュード → レジェンド(1985) → インスパイア | アコード |
| ミニバン | オデッセイ(1994) → ステップワゴン(1996) → ストリーム → フリード(2008) | フリード/ステップワゴン |
| SUV | CR-V(1995) → HR-V → ヴェゼル(2013) → WR-V | ヴェゼル/CR-V |
| スポーツ | S500(1963) → NSX(1990) → S2000 → S660 → シビック タイプR | シビック タイプR |
| 電動化 | インサイト(1999) → 各車のハイブリッド → Honda e → N-VAN e: | 各車のe:HEV |
"よく見かける言われ方"を集めた項目です。書き込みは不満を持った人のほうが書く傾向があります。数字と並べて読んでください。観測は2026年8月時点です。
ここでも、ほめ言葉と悪口は同じことの裏表です。 "独自の工夫が多い"は"扱える店が限られる"と同じ。"挑戦する会社"は"方針が変わる"と同じです。 工夫の恩恵を毎日受けるか、整備の気楽さを取るか。使い方で答えが変わります。
| 項目 | ホンダの傾向 |
|---|---|
| 部品の入手 | 販売台数が多い車種は問題なし。生産終了したスポーツ車などは部品が探しにくいことがある |
| 修理・整備 | 正規店の網は広い。独自機構は町の工場だと敬遠されることがあるので、事前に相談を |
| リセールバリュー | N-BOXなど人気の軽は強い。セダンやスポーツは車種で差が大きい |
| 燃料代 | ハイブリッド(e:HEV)は街乗りで効く。よく回るエンジンは踏み方しだいで差が出る |
| 購入時の価格 | 人気の軽は新車も中古も高め。軽だから安いとは限らない |
近所の駐車場で、軽自動車を10台数えてみてください。そのうち何台が背の高い箱形か。 その形をふつうにしたのがN-BOXです。街の風景が、会社の歴史そのものになっています。
日本でいちばん古い流れをくむ自動車メーカーのひとつで、電気自動車を世界に先駆けて量産した会社。 同時に、経営の混乱を何度も経験してきた会社でもあります。 技術の評価と、経営の評価。この2つを分けて見ないと、日産という会社は正しくつかめません。
日産を一言でいうと、"次の動力"をいちばん先に出してきた会社です。
2010年のリーフは、量産の電気自動車としては世界の先駆けでした。 エンジンで発電してモーターで走るe-POWERも、日産が広めた考え方です。 技術で先に出る。この姿勢は戦前から一貫しています。
ただし、その技術力が経営の安定と直結してこなかったのが、この会社の難しいところです。 1990年代の経営危機、海外メーカーとの提携、2018年以降の混乱。 車は良いのに会社が揺れる、という状態を何度も繰り返してきました。
車を評価するのと、会社を評価するのは別です。 日産の車が気に入ったなら、そこは自信を持っていい。 ただし長く乗るつもりなら、部品の供給や販売店の数といった"会社の体力"にかかわる部分は、買う前に確かめておくと安心です。
出発点は1911年の快進社という会社です。ここで作られた車の名前が、のちのダットサンにつながります。 1933年に自動車製造株式会社が設立され、翌1934年に日産自動車と名乗りました。 横浜の工場で本格的な量産を始めた、日本の自動車産業の草分けのひとつです。
1952年、イギリスのオースチンと技術提携を結び、外国の技術を吸収します。 1959年のブルーバード、1960年のセドリック。日本の道路がまだ舗装されきっていない時代に、 海外のラリーへ出て賞を取り、日本車の耐久性を証明していきました。
1966年、スカイラインを作っていたプリンス自動車工業と合併します。 ここで日産に、スカイラインという名前と、それを作っていた技術者たちが加わりました。 1969年に登場したフェアレディZは北米で大成功し、日本車のイメージを変えます。
1980年代の終わりには、「1990年までに走りで世界一になる」という社内の目標のもとで、 スカイラインGT-Rの復活、フェアレディZ、インフィニティ(北米向け高級ブランド)などが一気に出ました。 いま中古車市場で高値が付いているのは、この時期の車が多いです。
1990年代、バブル崩壊後に経営が悪化します。 1999年にフランスのルノーと資本提携を結び、送り込まれた経営者のもとで大規模な立て直しが行われました。 工場の閉鎖や取引先の見直しをともなう、痛みの大きい改革でした。
2010年にリーフを出し、電気自動車で世界の先頭に立ちます。2016年には三菱自動車を傘下に収めました。 しかし2018年、その経営者の逮捕をきっかけに会社は再び混乱します。 2024年から2025年にはホンダとの経営統合が協議されましたが、まとまりませんでした。
技術で先に出て、経営で揺れる。日産の歴史は、この繰り返しとして読むと分かりやすいです。
| 背骨 | 中身 | 買う人にとっての意味 |
|---|---|---|
| 電気自動車 | 2010年のリーフ以来の量産の実績。軽EVのサクラまで広げた | 電池や制御の経験が長い。整備できる店も増えている |
| e-POWER | エンジンは発電に使い、走るのはモーター。充電は不要 | 電気自動車のような静かさと加速を、充電設備なしで得られる |
| 運転支援 | プロパイロット。高速道路での車間と車線の維持 | 長距離の負担が減る |
| 四輪駆動と走り | スカイラインGT-Rから続く技術。四輪の駆動力を細かく配分する制御 | 雪道や高速での安定に効いている |
| 耐久性 | 戦前からのラリーや過酷な環境での実績 | 商用車や四駆は世界の厳しい地域で使われている |
静かさと、アクセルを踏んだ瞬間から力が出る感じ。これはモーターで走る車の特徴です。 ガソリン車から乗り換えると、多くの人が最初に驚くところです。 試乗せずに決めるのがいちばんもったいない会社だと言えます。
| 系統 | 流れ | いま買うなら |
|---|---|---|
| 大衆・コンパクト | ダットサン(1931) → ブルーバード(1959) → サニー(1966) → マーチ → ノート(2005) | ノート/オーラ |
| 上級・セダン | セドリック(1960) → ローレル → シーマ(1988) → フーガ | スカイライン |
| スカイライン系 | プリンス由来(1957) → 日産へ(1966) → GT-R(1969) → R32(1989) → R35(2007) | スカイライン |
| スポーツ | フェアレディ → フェアレディZ(1969) → Z32 → 350Z → 現行Z(2022) | フェアレディZ |
| SUV・四駆 | パトロール(1951) → サファリ → テラノ → エクストレイル(2000) → キックス | エクストレイル/キックス |
| ミニバン・商用 | キャラバン(1973) → バネット → セレナ(1991) → エルグランド(1997) | セレナ |
| 電動化 | リーフ(2010) → ノート e-POWER(2016) → アリア → サクラ(2022) | サクラ/ノート e-POWER |
"よく見かける言われ方"を集めた項目です。書き込みは不満を持った人のほうが書く傾向があります。数字と並べて読んでください。観測は2026年8月時点です。
日産に関する書き込みは、車の話と経営の話が混ざりやすいのが特徴です。 「日産はもうだめだ」という書き込みの多くは、乗った感想ではなくニュースの感想です。 車を選ぶときは、まず試乗の印象を軸にしてください。そのうえで、部品と販売店という現実的な点だけを確認すれば十分です。
| 項目 | 日産の傾向 |
|---|---|
| 部品の入手 | 現行に近い車種は問題なし。生産終了から年数がたった車は確認が要る |
| 修理・整備 | 電動系を扱える工場は増えている。ただし地域によって販売店の数に差がある |
| 中古の電気自動車 | 電池の劣化具合が価格を大きく左右する。残量表示や保証の残りを必ず確認 |
| リセールバリュー | 全体には控えめ。一部のスポーツ車と四駆は例外的に高い |
| 買うときの価格 | 同等の他社車より中古相場が落ち着いていることがあり、狙い目になる場面も |
中古の電気自動車は、車体の状態よりも電池の状態のほうが重要です。見るべき点は第10講「中古車の目利き入門」でくわしく扱います。
機会があれば、e-POWERか電気自動車に一度だけ試乗してみてください。 買う予定がなくてもかまいません。エンジンの音がしない加速を体で知っておくと、 これから車を選ぶときの物差しがひとつ増えます。
広島のコルク会社から始まり、他社がやらない技術に手を出し続けてきた会社です。規模は大きくありません。だからこそ、同じことをしない道を選んできました。台数では測れない種類の魅力を持った会社です。
マツダを一言でいうと、"数で勝てないなら、ちがうことをやる"会社です。
世界で唯一、ロータリーエンジンという特殊な仕組みを量産までもっていきました。他社が乗用車のディーゼルから手を引いても続け、ミニバンが売れる時代に2人乗りのオープンカーを作り続けています。
販売台数では上位ではありません。ただ、マツダを選ぶ人は「これでなければ」という理由を持っていることが多い。そういう選ばれ方をしている会社です。
マツダの車は運転している時間そのものを良くしようとする設計です。座る位置、ペダルの配置、ハンドルを切ったときの反応。数字に出ない部分にお金をかけています。だから試乗しないと良さが伝わりにくく、逆に試乗すると評価が変わる会社です。
はじまりは1920年、広島の東洋コルク工業です。コルクを加工する会社でした。1927年に東洋工業と改称し、1931年に三輪トラックを作ります。これが自動車メーカーとしての出発点です。
当時の日本の道路は舗装されていない場所が多く、小回りのきく三輪トラックが荷物運びの主役でした。マツダはその分野で名前を上げていきます。
1945年8月、広島に原子爆弾が落とされました。市の中心部が壊滅する中、郊外にあった本社の建物は残り、県庁の仮の庁舎として使われます。会社は同じ年のうちに三輪トラックの生産を再開しました。
街の再建に必要なのは、まず荷物を運ぶ手段でした。マツダの歴史を語るとき、この時期のことは外せません。
1960年、軽自動車のR360クーペで乗用車に参入します。翌1961年、ドイツで生まれたロータリーエンジンの技術提携を結びました。三角形のローターが回るという、まったく別の仕組みのエンジンです。
各国のメーカーが実用化に失敗する中、マツダは1967年のコスモスポーツで量産にこぎつけました。ところが1973年のオイルショックで燃費の弱点を突かれ、販売が急減。会社は経営危機に陥ります。1978年のサバンナRX-7で立て直しました。
1989年に登場したロードスターは、2人乗りの小型オープンカーとして世界でもっとも多く作られた車になりました。1991年にはロータリーエンジンを積んだ車で、ル・マン24時間レースで日本車として初めて総合優勝しています。
一方で経営は苦しく、1979年から提携していたアメリカのフォードの傘下に入りました。1990年代には販売店を5つの系列に増やす戦略が失敗し、さらに苦しくなります。
2012年、SKYACTIVという技術とCX-5で流れが変わります。ハイブリッドに頼らず、エンジンと車体と変速機を一体で見直して燃費を稼ぐという考え方でした。同時に魂動デザインという造形の方針が全車に入り、見た目でも選ばれるようになります。
2015年にフォードとの資本関係が解消され、2017年にはトヨタと資本業務提携を結びました。2023年には、一度は途絶えたロータリーエンジンを、発電機として復活させています。
| 背骨 | 中身 | 買う人にとっての意味 |
|---|---|---|
| ロータリーエンジン | 三角形のローターが回る特殊なエンジン。量産できたのは世界でマツダだけ | 中古のRX-7・RX-8は整備できる工場が限られる。憧れで買うなら準備が要る |
| SKYACTIV | エンジン・車体・変速機を一体で見直した技術の総称 | ハイブリッドに頼らず燃費を稼ぐ。仕組みが素直で整備しやすい |
| ディーゼル | 乗用車のディーゼルを続けている数少ない会社 | 高速や長距離が多い人は燃料代が下がる。短距離ばかりだと不得意 |
| 人馬一体 | 座る位置やペダルの配置を、人の自然な動きに合わせる設計思想 | 長時間運転しても疲れにくい |
| 魂動デザイン | 全車を貫く造形の方針 | 何年たっても古く見えにくい。手放すときにも効く |
他社が"数を売るための最適化"をするところで、マツダは運転する人の感覚を優先します。だから万人向けではありません。合う人には代えがきかず、合わない人にはピンとこない。はっきり分かれる会社です。
マツダは車名を数字に変えた時期があります(デミオ→MAZDA2など)。名前が変わっても流れは続いているので、系統で見てください。
| 系統 | 流れ | いま買うなら |
|---|---|---|
| 小型・大衆 | R360クーペ(1960) → キャロル → ファミリア(1963) → デミオ(1996) → MAZDA2 | MAZDA2 |
| セダン・上級 | ルーチェ(1966) → カペラ → アテンザ(2002) → MAZDA6/MAZDA3 | MAZDA3 |
| ロータリー | コスモスポーツ(1967) → サバンナRX-7(1978) → RX-8(2003) → MX-30 R-EV(2023) | MX-30 R-EV |
| スポーツ・オープン | ロードスター(1989) → 2代目 → 3代目 → 4代目(2015) | ロードスター |
| SUV | トリビュート(2000) → CX-7 → CX-5(2012) → CX-3 → CX-60(2022) | CX-5/CX-60 |
| 商用 | マツダ号DA型(1931) → ボンゴ(1966) → タイタン | ボンゴ |
| 電動化 | SKYACTIV(2011) → MX-30 EV(2019) → R-EV(2023) | MX-30 |
"よく見かける言われ方"を集めた項目です。書き込みは、満足した人より不満を持った人のほうが書く傾向があります。数字と並べて読んでください。観測は2026年8月時点です。
マツダの評判は「実用性」と「気持ちよさ」のどちらを重く見るかで、真っ二つに割れます。家族4人と荷物が最優先なら不満が出やすく、運転する時間が長い人ほど評価が上がる。あなたの使い方がどちら寄りかで、参考にすべき書き込みも変わります。
| 項目 | マツダの傾向 |
|---|---|
| 部品の入手 | 現行に近い車種は問題なし。ロータリー搭載車は専門知識のある工場を探す必要がある |
| 修理・整備 | 販売店の数は上位3社より少なめ。近くにあるかを買う前に確認してください |
| ディーゼル | 短距離ばかりだと詰まりが出ることがある。ときどき長めに走るのが望ましい |
| リセールバリュー | 中位。ロードスターとロータリー車は例外的に強い |
| 燃料代 | ディーゼルは軽油で、距離を走る人ほど差が出る。ガソリン車の燃費も良好 |
ディーゼルが向くかどうかは、第7講「何に使うか」で出す街乗りと高速の比率で判断できます。目安として、高速や長距離が多い人ほど有利です。
マツダの車に座る機会があったら、ハンドルとペダルの位置に注目してみてください。まっすぐ座ったとき、足が自然に伸びる場所にペダルがあるはずです。数字に出ない設計とは、こういうことです。
飛行機を作っていた技術者たちが始めた会社です。だから、まっすぐ安定して走ること、雪でも滑らないこと、ぶつからないことに、ほかの何よりお金をかけてきました。燃費でも価格でもない場所に価値を置いた会社です。
スバルを一言でいうと、"曲げないこと"を選んだ会社です。
水平対向エンジンという、世界でも数社しか作っていない特殊なエンジンを60年近く使い続けています。四輪駆動もほぼ全車。燃費や価格で有利になる道があったのに、そちらへは行きませんでした。
そのぶん、雪道や高速道路での安定感は代えがききません。スバルからスバルへ乗り換える人が多いのは、そのためです。
スバルは日常では気づかない場面のために作られています。雨の高速で横風を受けたとき、凍った坂を上るとき、前の車が急に止まったとき。ふだんは地味に感じるかもしれません。その地味さにお金を払う会社です。
源流は1917年に生まれた飛行機の研究所、のちの中島飛行機です。戦後、航空機の生産が禁じられ、会社は分割されました。
1953年、その流れをくむ5つの会社が集まって富士重工業ができます。スバルという名前は、六つの星が集まって見える星の和名からきています。5社が集まって新しい会社になったことと重ねられました。
1958年のスバル360は、大人4人が乗れる軽自動車として国民車と呼ばれ、その形からてんとう虫の愛称で親しまれました。
1966年のスバル1000で、水平対向エンジンと前輪駆動の組み合わせを採用します。シリンダーが左右に寝ているので重心が低く、車の姿勢が安定する。ここでスバルの背骨が決まりました。
1972年、レオーネで乗用車の四輪駆動を量産します。きっかけは雪国の要望でした。特別な人のための装備だった四駆が、ここから普通の乗用車のものになっていきます。
1989年のレガシィ、1992年のインプレッサ。1990年代半ばには世界ラリー選手権でメーカー部門3連覇を果たし、雪や砂利道での強さが世界に知られました。
2008年から広めたアイサイトは、2つのカメラで前を見て自動で止まる仕組みです。これが「安全のスバル」という評価を決定づけました。
2005年からトヨタが筆頭株主となり、2017年には社名をSUBARUに変更しています。いまの最大の市場は北米です。2022年にはトヨタと共同開発した電気自動車を出しました。
| 背骨 | 中身 | 買う人にとっての意味 |
|---|---|---|
| 水平対向エンジン | シリンダーが左右に寝ている構造。重心が低くなる | カーブや横風での安定。世界でも作っている会社は数社しかない |
| シンメトリカルAWD | エンジンから左右対称に駆動を伝える四輪駆動 | 雪道や雨の高速での安心感 |
| アイサイト | 2つのカメラで前を見る運転支援 | 追突の被害を減らす。高速の疲れが減る |
| 車体の強さ | 航空機由来の考え方で骨格を作る | 衝突時の評価が高い |
| 共通の車台 | 全車で同じ土台を使う | 上位車種の技術が下位の車にも入ってくる |
トヨタの背骨が工場と流通、ホンダがエンジンと発想だとすれば、スバルの背骨は安定と安全です。燃費でも価格でもありません。だから燃費表を並べて比べると不利に見えます。比べる物差しを間違えると、この会社の良さは見えません。
スバルは車種の数が多くありません。そのぶん一つひとつが長く続きます。軽自動車と軽トラックは2012年ごろに自社での生産をやめ、他社から供給を受ける形になりました。
| 系統 | 流れ | いま買うなら |
|---|---|---|
| 軽自動車 | スバル360(1958) → R-2 → レックス → ヴィヴィオ → プレオ / 以降は他社からの供給 | ステラなど |
| 小型・乗用 | スバル1000(1966) → レオーネ(1971) → インプレッサ(1992) | インプレッサ |
| 上級・ワゴン | レガシィ(1989) → アウトバック → レヴォーグ(2014) | レヴォーグ/アウトバック |
| SUV | フォレスター(1997) → XV → クロストレック | フォレスター/クロストレック |
| スポーツ | アルシオーネ(1985) → SVX → WRX / BRZ(2012・トヨタと共同) | WRX/BRZ |
| 商用・軽トラ | サンバー(1961) / 以降は他社からの供給 | サンバー |
| 電動化 | e-BOXER(2018) → ソルテラ(2022・トヨタと共同) | ソルテラ |
"よく見かける言われ方"を集めた項目です。書き込みは、満足した人より不満を持った人のほうが書く傾向があります。数字と並べて読んでください。観測は2026年8月時点です。
スバルの評判は、住んでいる場所と走る道で決まります。雪の降らない街で街乗りだけなら「燃費が悪くて高い車」になりますし、雪国や高速中心なら「これしかない」になります。書き込みを読むときは、その人がどこに住んでいるかを想像してください。
| 項目 | スバルの傾向 |
|---|---|
| 部品の入手 | 現行に近い車種は問題なし。台数の少ない車種は確認を |
| 修理・整備 | 水平対向エンジンは構造が特殊で、扱い慣れた工場のほうが安心 |
| 燃料代 | 四駆と水平対向のぶん、同じ大きさの他社車より燃費は不利 |
| タイヤ | 四駆は4本の状態をそろえる必要がある。1本だけの交換は避ける |
| リセールバリュー | 中位から上位。雪国では中古の需要が安定している |
四駆は雪道で強いぶん、タイヤ4本の管理や燃料代が上乗せになります。第17講「維持費の全体像」で、二輪駆動との差を金額にして比べます。
次に雨の日に車に乗ったら、カーブでの姿勢に注意してみてください。何に気をつけて設計された車なのかは、天気の悪い日にいちばんよく分かります。
織機の会社から始まり、二輪を経て、軽自動車の会社になりました。派手さはありません。ただ「安く、軽く、むだなく」を100年やり続けた結果、日本の軽自動車とインドの街を支える会社になっています。
スズキを一言でいうと、"必要なものだけを作る"会社です。
軽自動車は、決められた大きさの中で戦います。その制約の中で、どれだけ軽く、安く、使いやすくできるか。スズキはそこを100年近く突き詰めてきました。
そしてインドです。1980年代、日本のメーカーが誰も本気にしなかった市場に入り、いまでは現地で最大級の自動車会社になっています。国内で見えている姿は、この会社の半分でしかありません。
スズキの車はお金の面でいちばんやさしい選択になりやすいです。車体が軽いので燃料代がかからず、部品も安い。初めての1台や、維持費を抑えたい人にとって、これは大きな価値です。
1909年、浜松で鈴木式織機製作所として創業しました。1920年に会社になります。もともとは布を織る機械の会社です。
戦後の1952年、自転車に付ける小さなエンジン「パワーフリー号」を出しました。これが売れて二輪の会社になり、1954年に鈴木自動車工業へ改称します。
1955年のスズライトは、日本の量産軽乗用車の先がけの一つです。1970年のジムニーは、軽なのに本格的な四輪駆動という、他社がやらない車でした。
1979年のアルトは、装備を思い切って削り、価格を抑えて売るという方法で軽の常識を変えます。安くするために何を外すか・・・この会社の考え方がよく表れた1台です。
1982年、インドの国営企業と組んで現地生産を始めました。当時、インドで車が売れると思っていた人はほとんどいません。
いま、その会社はインドで最大級の自動車メーカーです。国内より海外で売っている台数のほうが多い。日本の軽自動車メーカー、という印象だけでは実像に届きません。
1993年のワゴンRは、背を高くして室内を広くとるという発想で、軽自動車の姿そのものを変えました。いま街を走る背の高い軽は、ほぼすべてこの車の子孫です。
2016年には燃費測定の手続きに不備があったことを公表しています。2019年にはトヨタと資本提携を結びました。
| 背骨 | 中身 | 買う人にとっての意味 |
|---|---|---|
| 軽く作る技術 | 車体を軽くして、小さなエンジンでも十分に走らせる | 燃料代が安い。税金も含めた維持費が下がる |
| 軽自動車の設計 | 決められた大きさの中で室内を最大にする工夫 | 小さいのに広い。狭い道でも扱いやすい |
| ジムニーの四駆 | 軽で本格的な四輪駆動を続けている唯一の会社 | 雪道や山道では他に代わりがない |
| インドでの規模 | 現地で最大級のメーカー。部品も現地で作る | 世界規模の量産で、部品が安く手に入る |
| 価格を抑える力 | 必要なものだけを付けるという割り切り | 同じ大きさの他社車より買いやすいことが多い |
スズキは足し算ではなく引き算で車を作ります。豪華な装備を付けるより、要らないものを外して軽く安くする。だから物足りなく感じる人もいますが、家計の負担で見ると差は大きいです。
スズキは軽自動車と小型車が中心です。同じ車が長く続き、名前もあまり変わりません。中古で探しやすい会社です。
| 系統 | 流れ | いま買うなら |
|---|---|---|
| 軽乗用 | スズライト(1955) → フロンテ → アルト(1979) → ワゴンR(1993) → スペーシア/ハスラー | ワゴンR/スペーシア/ハスラー |
| 軽商用 | キャリイ(1961) → エブリイ(1982) | キャリイ/エブリイ |
| 四駆 | ジムニー(1970) → 現行(2018) | ジムニー/ジムニーシエラ |
| 小型・コンパクト | カルタス(1983) → スイフト(2000) → ソリオ | スイフト/ソリオ |
| SUV | エスクード(1988) → SX4 → クロスビー(2017) | クロスビー/エスクード |
| 二輪・その他 | パワーフリー号(1952) → 二輪・船外機へ | ー |
| 海外 | インドでの合弁(1982) → 現地最大級のメーカーへ | ー |
"よく見かける言われ方"を集めた項目です。書き込みは、満足した人より不満を持った人のほうが書く傾向があります。数字と並べて読んでください。観測は2026年8月時点です。
スズキへの不満は、その多くが「値段のわりに」という前置きなしで語られています。同じ土俵で高級な車と比べれば見劣りするのは当たり前です。判断のこつは、買値と維持費を合わせた総額で比べること。第8講で扱う考え方が、そのまま効いてきます。
| 項目 | スズキの傾向 |
|---|---|
| 部品の入手 | 台数が多く、部品も工賃も安めで安定している |
| 修理・整備 | 全国に販売店と提携工場がある。町の整備工場でも扱いやすい |
| 燃料代 | 車体が軽く、同じ大きさなら燃費で有利 |
| 税金 | 軽自動車は自動車税・重量税が小さい。維持費の差はここが大きい |
| リセールバリュー | ジムニーとハスラーは非常に強い。それ以外は中位 |
軽自動車と小型車では、税金・保険・高速料金まで含めると年間の負担がかなり変わります。金額の比較は第17講「維持費の全体像」で扱います。
近所の駐車場で、車の後ろのナンバープレートを見てみてください。黄色いプレートが軽自動車です。何割が軽か数えてみると、この会社が支えているものの大きさが見えてきます。
日本でもっとも古い部類の自動車メーカーで、いまは軽自動車の専門店です。トヨタの完全子会社として、他社に軽自動車を供給する立場でもあります。街で見かける軽の多くは、実はこの会社が作っています。
ダイハツを一言でいうと、"軽自動車をいちばん長く作り込んできた"会社です。
大阪で発動機(エンジン)を作る会社として始まり、オート三輪、そして軽自動車へ。決められた大きさの中で、毎日の使いやすさを積み上げてきました。低い床、大きく開くドア、荷物の積みやすさ。地味ですが、毎日の暮らしで効いてくる部分です。
いまはトヨタの完全子会社で、トヨタやスバルにも軽自動車を供給しています。名前がちがっても中身は同じ、という車が生まれる背景がここにあります。
ダイハツは軽自動車しか作らないと決めた会社です。だから作り込みが細かい。一方で、2023年に認証手続きの不正が公表され、生産が止まりました。長所と課題の両方を知ったうえで見てください。
1907年、大阪で発動機製造株式会社として創立しました。ダイハツという名前は「大阪の発動機」からきています。
1930年に三輪車を作り、荷物を運ぶ手段として広まりました。日本の自動車産業の中でも、かなり早い時期から動いていた会社です。
1957年のミゼットは、小さなオート三輪として大ヒットしました。商店の配達に使われ、戦後の街の風景をつくった車です。
1960年にはハイゼット、1966年にはフェローで軽乗用車に入ります。ここから軽自動車の会社としての道が始まりました。
1967年にトヨタと業務提携を結びます。1998年には子会社に、2016年には完全子会社になりました。
ダイハツが作った軽自動車が、トヨタやスバルの名前で売られる形が定着します。第3講で扱った兄弟車の話は、この関係から生まれています。
2003年のタント、2011年のミライース。低い床や大きく開くドアなど、乗り降りのしやすさを追い続けました。子育て中の家庭や、高齢の家族を乗せる人に選ばれています。
2023年、認証試験の手続きに不正があったことが公表され、2024年には国内の生産が一時止まりました。その後、順次再開されています。
| 背骨 | 中身 | 買う人にとっての意味 |
|---|---|---|
| 小さなエンジン | 発動機の会社として始まり、小排気量を突き詰めてきた | 軽の税金と燃料代の安さを支えている |
| 乗り降りのしやすさ | 低い床、大きく開くドア、広い開口部 | 子どもや高齢の家族がいる家庭で効く |
| 軽の作り込み | 決められた大きさの中で室内と荷室を最大にする | 同じ軽でも積める量がちがう |
| イース技術 | 車体を軽くして燃費を稼ぐ考え方(2011年から) | 燃料代が下がる |
| 他社への供給 | 他社のブランドで売られる車を作っている | 同じ中身の車が別の名前で、ちがう値段で売られている |
ダイハツの工夫は停まっているときに効くものが多いです。乗り降り、荷物の積み下ろし、チャイルドシートの付け外し。走りの数字には出ませんが、毎日くり返す動作だからこそ差が出ます。
ダイハツの車は、他社の名前でも売られています。同じ中身で価格がちがうことがあるので、探すときは兄弟車も一緒に見てください。
| 系統 | 流れ | いま買うなら |
|---|---|---|
| 軽乗用 | フェロー(1966) → ミラ(1980) → ムーヴ(1995) → タント(2003) → ミライース(2011) | タント/ムーヴ/ミライース |
| 軽商用 | ミゼット(1957) → ハイゼット(1960) → 現行 | ハイゼット |
| 小型乗用 | コンパーノ(1963) → シャレード(1977) → ブーン(2004) | ブーン |
| SUV | ラガー(1984) → テリオス(1997) → ロッキー(2019) → タフト(2020) | ロッキー/タフト |
| 他社への供給 | トヨタと提携(1967) → トヨタ・スバルへ軽を供給 | ピクシス/ステラなど |
| 海外 | マレーシアの現地メーカーと提携(1990年代〜) | ー |
| 技術 | イース技術(2011) → 予防安全装備 → 新しい車台(2019) | ー |
"よく見かける言われ方"を集めた項目です。書き込みは、満足した人より不満を持った人のほうが書く傾向があります。数字と並べて読んでください。観測は2026年8月時点です。
2023年の公表以降、書き込みには不安の声が増えました。ただ、問題になったのは認証の手続きであり、すべての車が危険という意味ではありません。気になる場合は、対象になった車種と、その後どんな対応が行われたかを販売店に直接確認するのが確実です。人の書き込みではなく、一次の情報で判断してください。
| 項目 | ダイハツの傾向 |
|---|---|
| 部品の入手 | 台数が多く、部品も工賃も安定している |
| 修理・整備 | 販売店に加え、町の整備工場でも扱いやすい |
| 燃料代・税金 | 軽自動車なので維持費全体が軽い |
| リセールバリュー | タントとハイゼットは強い。それ以外は中位 |
| 兄弟車 | 同じ中身が他社の名前で売られている。中古では価格差を比べる価値がある |
兄弟車の探し方は第10講「中古車の目利き入門」で扱います。同じ車で十数万円ちがうことがあるので、知っておいて損はありません。
街で軽自動車を見かけたら、後ろのエンブレムを見てみてください。トヨタやスバルの名前でも、実はダイハツが作った車であることがあります。名前と中身がちがう・・・その現実を知るところから、目利きは始まります。
日本で最初の量産乗用車を作った流れをくむ会社です。四輪駆動と電動化に強く、砂漠のラリーでも雪の坂道でも走ってきました。同時に、過去に大きな不正を二度起こした会社でもあります。両方を知ったうえで見てください。
三菱を一言でいうと、"条件の悪い場所で走ること"に強い会社です。
造船と重工業から生まれた会社で、頑丈さと四輪駆動が背骨です。砂漠を走るパリ・ダカール・ラリーでは何度も優勝し、ランサーエボリューションは世界ラリー選手権で連覇しました。
そして電動化でも早い。2009年に量産の電気自動車を出し、2013年には充電もできるハイブリッドのSUVを世に出しています。停電のときに車から家へ電気を送れる機能は、災害の多い日本で意味のある特徴です。
三菱の車は条件が悪い場所ほど強みが出ます。雪道、山道、キャンプ場までの荒れた道、そして停電。街乗りだけなら他社でも十分ですが、そういう場面がある人には代えがきかない選択肢になります。
1917年、三菱造船が三菱A型を作りました。日本で最初の量産乗用車とされる車です。
戦後は三輪トラックやスクーターを作り、1960年の三菱500で乗用車に戻ってきます。造船と重工業の技術者たちが作った会社という出自は、そのあとの車にも残りました。
1970年、三菱重工業から分かれて三菱自動車工業になりました。1974年にはアフリカの過酷なラリーで優勝し、1982年のパジェロ、1985年からのパリ・ダカール・ラリーで四駆の名前を世界に広げます。
1992年のランサーエボリューションは、世界ラリー選手権で1990年代後半に4年連続の個人王者を出しました。雪と砂利の上での強さは、ここで証明されています。
2000年、リコール(無償の回収・修理)に必要な情報を隠していたことが発覚しました。2004年にも再び問題が明らかになり、販売は大きく落ち込みます。
2016年には燃費試験の方法に不正があったことが公表され、その後、日産の傘下に入りました。技術のある会社が、手続きと誠実さで信頼を失った例です。
2009年に量産の電気自動車i-MiEVを出し、2013年にはアウトランダーPHEVを発売しました。プラグインハイブリッド(充電もできるハイブリッド)のSUVという分野を、早くから開いた会社です。
いまは東南アジアが大きな市場になっています。国内では車種を絞り、四駆と電動化に集中する形をとっています。
| 背骨 | 中身 | 買う人にとっての意味 |
|---|---|---|
| 四輪駆動 | パジェロやランサーエボリューションで鍛えた駆動力の制御 | 雪道や荒れた道で安定する |
| プラグインハイブリッド | 充電もできるハイブリッド。電気だけでも一定の距離を走る | 近所は電気、遠出はエンジン。給油所も充電器も使える |
| 給電機能 | 車から家電や家へ電気を送れる | 停電のときに役立つ。防災の備えとして選ぶ人もいる |
| 頑丈さ | 造船・重工業から続く作りの考え方 | 悪路や過酷な環境での耐久性 |
| ラリーで得た知見 | 砂漠や雪の競技で長く戦ってきた | 実際の悪条件での信頼につながっている |
他社が街乗りの快適さを競うところで、三菱は条件が悪い場所を見てきました。だから街での使い勝手や静かさでは目立ちません。使う場面が合うかどうかで、評価が大きく変わる会社です。
三菱は車種の数を絞り、四駆と電動化に集中しています。軽自動車は日産と共同で開発したものが中心です。
| 系統 | 流れ | いま買うなら |
|---|---|---|
| 軽 | 三菱500(1960) → ミニカ(1962) → トッポ → eKワゴン(2001) → eKクロスEV(2022) | eKワゴン/eKクロス |
| 小型・セダン | コルト(1962) → ギャラン(1969) → ランサー(1973) | ー |
| 四駆・SUV | ジープの生産(1953) → パジェロ(1982) → RVR → アウトランダー(2005) | アウトランダー/RVR |
| スポーツ | スタリオン(1982) → GTO(1990) → ランサーエボリューション(1992) | ー |
| ミニバン・商用 | デリカ(1968) → デリカスターワゴン → デリカD:5(2007) | デリカD:5 |
| 電動化 | i-MiEV(2009) → アウトランダーPHEV(2013) → eKクロスEV(2022) | アウトランダーPHEV |
| ラリー・世界 | アフリカのラリーで優勝(1974) → パリ・ダカール(1985〜) → 東南アジアが主力 | ー |
"よく見かける言われ方"を集めた項目です。書き込みは、満足した人より不満を持った人のほうが書く傾向があります。数字と並べて読んでください。観測は2026年8月時点です。
三菱についての書き込みは、実際に乗っている人の評価と、過去の不正への評価がはっきり分かれます。どちらも事実です。判断のこつは、不正の内容(何が起きて、どう対応されたか)を自分で確かめたうえで、いまの車に試乗して決めること。他人の感情ではなく、事実と自分の感覚で決めてください。
| 項目 | 三菱の傾向 |
|---|---|
| 部品の入手 | 現行に近い車種は問題なし。生産終了から年数がたった車は確認を |
| 修理・整備 | 販売店の数が少ない地域がある。近くにあるかを買う前に確認してください |
| プラグインハイブリッド | 駆動用電池の保証条件を必ず確認。中古では残りの保証期間が価値になる |
| 燃料代 | 近距離を電気でまかなえると、燃料代が大きく下がる |
| リセールバリュー | デリカD:5は強い。それ以外は中位で、中古では買い得なことがある |
プラグインハイブリッドは、自宅で充電できるかどうかで価値が大きく変わります。集合住宅で充電設備がない場合は、利点の半分が使えないと考えてください。
家の近くで、いちばん条件の悪い道を思い浮かべてください。雪の坂、砂利道、車中泊をしたい場所。そこを走るかどうかで、三菱が候補に入るかどうかが決まります。車選びは、いい道ではなく悪い道から考えると失敗しません。