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車のカリキュラム / 第3講 メーカーの地図・日本編 / 図解①

トヨタの歴史 ・・・ 織機の会社が、世界一になるまで

横=年代/縦=4つの流れ。上から下に「会社」「危機」「世界」「技術」。同じ列で読むと、その時代に何が同時に起きていたかが見えます。
会社のできごと 危機と転換 世界へ 技術
1930s創業
1940s戦中戦後
1950s再建
1960s大衆化
1970s規制
1980s海外へ
1990s環境
2000s世界一
2010s再構築
2020s電動化
会社のできごと組織・体制
1933自動車部を設置豊田自動織機製作所の中に
1937トヨタ自動車工業 設立8月28日
1938挙母工場 操業11月3日=創立記念日
1945戦後の生産再開トラックから復興
1950販売会社を分離トヨタ自動車販売を設立
1960s量産体制の確立工場と販売網を全国へ
1982工販合併いまの「トヨタ自動車株式会社」に
1992トヨタ基本理念 制定会社の考え方を明文化
2023社長交代その後も経営体制の交代が続く
危機と転換いちばん苦しかった時
1940s資材も燃料も足りない統制下での生産
1950経営危機と労働争議創業者が社長を退く。ここから生産方式の工夫が始まる
1973オイルショック燃費が売れる条件に変わる
1970s排ガス規制環境対応が必須に
1990sバブル崩壊後の低迷国内販売が伸び悩む
2009-10大規模リコール問題北米中心。品質と向き合い直す
2011震災と円高部品の調達網を作り直す
2020s半導体不足・納期の長期化⏳ 現在進行
世界へ輸出・海外生産・ブランド
1957米国へ輸出開始クラウンを持ち込む
1960s輸出が本格化小型で燃費のいい車が武器に
1970s省燃費車が世界で売れる日本車の評価が上がる
1984米国で現地生産GMとの合弁工場
1989レクサス発表北米で高級ブランドを開始
2000s世界販売で首位に生産・販売の規模が世界最大級へ
2005レクサス 日本展開
2020s世界販売の上位を維持
技術つくり方と動力
1938ジャストインタイム導入必要な分だけ流す考え方
1950sトヨタ生産方式が育つ危機の中から生まれた工夫
1955初代クラウン純国産設計の本格乗用車
1966カローラ登場車が家庭のものになる
1970s排ガス対策技術規制に技術で応える
1997初代プリウス世界初の量産ハイブリッド車
2014MIRAI燃料電池車を市販
2022bZ4X専用設計の電気自動車
2020s全方位戦略HV・PHEV・EV・FCVを並行 ⏳

🏆 いちばん大きな転換

1950年の経営危機。ここで販売を分け、工場のむだを削る工夫が始まりました。のちに世界中がまねる「トヨタ生産方式」は、順調なときではなく、いちばん苦しいときに生まれています。

💡 ここだけ押さえる

トヨタの強さは"新しさ"ではなく"届け方"。1997年のプリウスも、20年以上かけてふつうの選択肢に育てました。慎重に見えるやり方が、結果として壊れにくさと下取りの強さになっています。

⚠️ 影の部分も見る

大きくなった会社は、失敗も大きくなります。2009年からのリコール問題はその一つ。良いところだけを並べた会社紹介は、買う人の役には立ちません。

出典:トヨタ自動車 公式企業サイト「トヨタの歩み・歴史」/「会社案内」ほか。年月は代表値で、細部は公開後に確認します。 車のカリキュラム 図解① / © 2026 秋元進吾
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