AIがここまで書けるなら、自分は何をすればいいのか。
全部任せると、中身の分からないものに自分の名前がつく。かといって全部自分でやるなら、何のためのAIか分からない。この2つのあいだで揺れて、結局どちらにも振り切れないまま手が止まる・・・AI時代の学習で、いちばん多い立ち往生です。
この講のゴールは、任せる・任せないの線を、作業の種類ではなく"責任の所在"で引けるようになることです。
通訳を思い浮かべてください。
海外との大事な商談に、優秀な通訳がついてくれるとします。言葉の変換は完全に任せられます。専門用語も、微妙な言い回しも、自分より正確です。
それでも、任せられないものが2つ残ります。何を言うか。そして、言ったことの責任。
通訳が訳した言葉で契約が成立したら、守るのは自分です。「通訳がそう言ったから」は、相手には通用しません。通訳は言葉の専門家であって、あなたの商売の当事者ではないからです。
AIとの関係も、これと同じ形をしています。
見分け方は簡単で、「これがまずい結果になったとき、謝りに行くのは誰か」と考えることです。謝りに行くのが自分なら、それは自分が決める仕事。AIは、決める材料を出すところまでです。
注意したいのは、AIが"決めたがる"ことです。聞いてもいないのに「こうすべきです」と断言してくる。悪気はなく、そういう話し方をするだけなのですが、初心者ほどこれに流されます。断言の口調と、責任を取れることは、別物です。AIは決断の口調で話す資料係だと覚えておいてください。
直近でAIとやり取りした会話を1つ開いてください。自分の一枚を作ったときの会話でも構いません。
上から読み返しながら、"何かが決まった瞬間"に印をつけます。ファイル名を決めた、機能を1つに絞った、この書き方でいくと決めた・・・小さな決定で構いません。
印をつけたら、それぞれに聞きます。これを決めたのは、自分か、AIか。
「AIが出した案に、自分が納得して乗った」は、自分が決めたに数えます。問題なのは、決まったこと自体に気づいていなかった箇所です。読み返して初めて「え、いつの間にこうなってた?」と思った場所・・・そこが、あなたがハンドルを離していた瞬間です。ゼロなら見事です。いくつかあっても普通です。あることに気づけるようになるのが、この演習の目的です。
そのまま貼って使えます。
3つ目は強力です。AIは指摘されると、隠れていた"勝手な前提"を素直に白状します。
「AIが書いたから大丈夫」で公開すること。
実際に起きる事故はこうです。AIが書いたコードに、外部サービスに接続するための鍵がそのまま埋まっていた。中身を読まずに公開した。数日後、身に覚えのない請求が届く。あるいは、AIが提案した機能が、使っているサービスの規約違反だった。警告が来て、アカウントごと止められる。
このとき、請求書と警告文に書かれている名前は、AIではなくあなたの名前です。第1講の言い方を借りるなら、厨房を任せても、店の看板は自分の名前で出ている。鍵の話は第8講と第14講で、具体的な点検方法としてやります。ここで覚えるのは原則だけでいい。書くのはAI、決めるのは自分。