5つの物語で「人の心を想像する力」を育てる全7時間
こんにちは。秋元進吾です。
いきなりですが、質問です。
『ごんぎつね』のあらすじ、言えますか?
・・・私は言えませんでした。「きつねが出てきて、最後は撃たれて、なんか悲しい話」。正直、その程度でした。何十年も「知っている話」の棚に入れたまま、中身は空っぽだったわけです。
たぶん、同じ人は多いと思います。国語の教科書で読んだ物語って、タイトルと「なんとなく悲しかった」という後味だけが残って、肝心の中身は抜け落ちていきますよね。
今回、5つの物語で「人の心を想像する力」を育てる全7時間のプログラムを作りました。無料で配っています。
でも、その前に。あらすじを思い出してもらうところから始めさせてください。 中身を知らないまま「この教材どうぞ」と渡されても、ちんぷんかんぷんですから。
「人の気持ちを考えなさい」と言われて、考え方が身についた人はたぶんいません。私もそうです。
心を読む練習には、練習台が要ります。しかも、間違えても誰も傷つかない練習台が。
物語の登場人物は、その点で理想的です。ごんの気持ちを読み違えても、ごんは怒りません。何度でも読み返せるし、「自分ならどうする」と考えても誰にも迷惑がかからない。しかも人物の心は、行動という形で全部そこに書いてあります。
つまり物語は、心を読むための教材なんです。
つまり、、国語の授業が心情ばかり聞いてくるのには、ちゃんと理由があったんです。
このプログラムは、5つの物語を「心の幅がだんだん広がる順番」に並べています。1つずつ、あらすじから見ていきましょう。各話の最後に、いますぐ無料で読めるリンクを置いてあります。
※あらすじは、お子さんが一人でも読めるように、むずかしい漢字にふりがなをつけています。人物の名前の読みは、青空文庫の原文にふられているルビで確認しました(兵十は「ひょうじゅう」です。私は長いあいだ読み方を知りませんでした)。
上から順に読むと心の幅が広がる順番になっていますが、「あ、これ知ってる」という物語があれば、そこから読んでもらって大丈夫です。
いたずら好きの子ぎつね、ごん。ひとりぼっちで、村でいたずらばかりしています。ある日、兵十(ひょうじゅう)という男の人が川でとった魚とうなぎを、いたずらでにがしてしまいます。
その十日(とおか)ほどあと、兵十のお母さんのお葬式(そうしき)を見かけます。ごんは思い当たります。「あのうなぎは、病気(びょうき)のお母さんに食べさせるものだったんじゃないか」。にがしたのは、自分だ。
こうかいしたごんは、つぐないを始めます。いわしを投げこみ、栗(くり)を運(はこ)び、松(まつ)たけを届(とど)ける。毎日毎日、こっそりと。名乗(なの)りもせず、ただ置(お)いていく。
けれど兵十は、それがごんのしわざだとは知りません。ある日、また家にしのびこんだごんを見つけて「またいたずらをしに来たな」と火縄銃(ひなわじゅう)で撃(う)ってしまいます。
撃ったあと、兵十は土間(どま)に置かれた栗に気づきます。
「ごん、おまえだったのか。いつも栗をくれたのは」
ごんは、ぐったりしたまま、うなずきます。
・・・思い出しましたか。私はここで、ちょっと息が止まりました。
伝えたいのに伝わらない、という経験は、子どもにも大人にもあります。手伝ったのに気づかれなかった。勇気を出して声をかけたのに、怒られた。この物語は、その気持ちの原型です。だから1時間目に置いています。
青空文庫で『ごん狐』を読む →猟師(りょうし)の大造(だいぞう)じいさんと、ガンのリーダー・残雪(ざんせつ)の話です。ガンというのは、秋に日本へ来る大きな渡(わた)り鳥のことです。
残雪はかしこい。大造じいさんが仕掛(しか)けるわなを、ことごとく見やぶります。つり針(ばり)の作戦(さくせん)も、タニシをまいた作戦も通用(つうよう)しない。じいさんは「いまいましい」と思いながら、どこかでそのかしこさを認(みと)め始めます。
ある年、大造じいさんは会心(かいしん)の作戦を立てます。ところがそこへハヤブサがおそいかかる。ねらわれたのは、仲間のガンでした。
残雪は、飛びます。自分がにげれば助(たす)かるのに、仲間を救(すく)うためにハヤブサへ体当たりする。傷(きず)つき、血を流(なが)しながら戦(たたか)いぬき、地面(じめん)に落ちる。
大造じいさんは、鉄砲(てっぽう)を下ろします。撃(う)てなかった。目の前にいるのは「ガン」ではなく、堂々(どうどう)と戦った一人の英雄(えいゆう)に見えたからです。
じいさんは残雪を手当てし、傷が治(なお)った春、空へ放(はな)ちます。「今度は堂々と戦おうじゃないか」と声をかけて。
1時間目が「伝わらない悲しさ」なら、ここは「敵にも敬意がわく」という一段複雑な心の動きです。勝ち負けの外側にある気持ちを扱います。
※この作品は椋鳩十さんの著作権がまだ生きているため、無料で読める場所がありません。小学5年の国語教科書(3社とも掲載)か、文庫でお読みください。
二人の若(わか)い紳士(しんし。りっぱな身なりの男の人)が、山へ狩(か)りに来ています。獲物(えもの)はなく、連(つ)れてきた犬は死んでしまい、道にもまよう。おなかがすいてうんざりしていたところに、りっぱな西洋料理店(せいようりょうりてん)を見つけます。「山猫軒(やまねこけん)」。
喜(よろこ)んで入ると、扉(とびら)があります。「注文が多い料理店ですが、どうかいちいちこらえてください」。
進(すす)むごとに扉があり、注文が書かれています。髪(かみ)をとかしてください。靴(くつ)の泥(どろ)を落としてください。鉄砲(てっぽう)と弾丸(たま)をここへ置いてください。金属(きんぞく)のものを外してください。壺(つぼ)のクリームを顔や手足に塗(ぬ)ってください。
紳士たちは「よほどはやっている店だ」と得意(とくい)になって、言われたとおりにしていきます。
でも、読んでいる私たちは、そろそろ気づきます。塩(しお)を体にもみこませようとするあたりで、二人もようやくわかる。
注文していたのは、店のほうだった。
自分たちが、料理される側(がわ)だったのです。恐怖(きょうふ)でくしゃくしゃになった二人の顔は、助かって東京へ帰ったあとも、元(もと)にはもどりませんでした。
ここは心情の「変化」を追う回です。得意 → かすかな違和感 → 不安 → 恐怖。同じ人物の気持ちが、場面ごとに移り変わっていくのを追いかける練習をします。
青空文庫で『注文の多い料理店』を読む →木こりの茂作(もさく)と、若い巳之吉(みのきち)。ある冬、ひどい吹雪(ふぶき)にとじこめられ、川わたりの小屋(こや)で夜をすごします。
夜中、巳之吉が目をさますと、白い着物(きもの)の女の人がいました。茂作の顔に白い息(いき)を吹(ふ)きかけている。茂作は動かなくなります。
女の人は巳之吉のほうへ来て、じっと見つめ、こう言いました。「あなたは若くてきれいだから、殺(ころ)さないでおきます。でも、今夜のことを誰(だれ)かに話したら、そのときは命(いのち)はありません」。
数年後(すうねんご)、巳之吉はお雪(ゆき)という美(うつく)しい女の人と出会い、結婚(けっこん)します。子どもが生まれ、仲(なか)のいい家族(かぞく)になりました。
ある夜、あかりの下でぬい物をするお雪の横顔(よこがお)を見て、巳之吉はふと昔(むかし)のことを話してしまいます。「そういえば昔、お前によく似(に)た女の人に会ったことがある」と。
お雪はぬい物を置き、叫(さけ)びます。「それは私です。あのとき話したら殺すと言った」。
けれど、と続(つづ)けます。子どもたちがいるから、殺さない。そのかわり、子どもをよく世話(せわ)しなさい。もし不平(ふへい)を言わせたら、そのときは許(ゆる)しません。
そう言い残(のこ)して、お雪は白いきりになり、消(き)えていきました。
約束を破られた側の気持ちと、破ってしまった側の気持ち。どちらも一方的に責められない、複雑な回です。
青空文庫で『雪女』を読む →メロスは、人を信じられなくなった王・ディオニスに怒(おこ)ります。王は疑(うたが)い深く、家族も家来(けらい)も次々に殺(ころ)していました。つかまって、殺されることになったメロスは、王に願(ねが)い出ます。
「妹(いもうと)の結婚式(けっこんしき)をあげさせてほしい。三日で必(かなら)ず戻(もど)る」
信じない王に、メロスは親友(しんゆう)セリヌンティウスを人質(ひとじち)として差(さ)し出します。戻らなければ、友が死ぬ。
ここまでが第5時です。「なぜ、親友を人質に差し出せたのか」を考えます。
式を終え、メロスは走り出します。ところが道は簡単(かんたん)ではありません。川はあふれて橋が流され、山賊(さんぞく。山にひそむどろぼう)がおそいかかり、真夏(まなつ)の日ざしに体力(たいりょく)をうばわれます。
そしてメロスは、一度あきらめます。すわりこみ、こう考えるのです。「もういい。私は精(せい)いっぱいやった。友よ、許(ゆる)してくれ」。
ここが、この物語のいちばん大事なところだと私は思っています。
英雄(えいゆう)は、途中(とちゅう)で心が折れている。
それでも、湧(わ)き水を飲んだ瞬間(しゅんかん)、メロスは立ち上がります。「私は信じられている。その信頼(しんらい)にこたえなければならない」。
日がしずむぎりぎり、メロスは間に合います。そして二人は、なぐり合います。メロスは「途中で一度あきらめた」と打ち明け、セリヌンティウスも「一度だけお前を疑った」と打ち明けて、おたがいをなぐり、抱(だ)き合う。
見ていた王は、顔を赤らめて言います。「わしも仲間に入れてくれまいか」。
5つ並べ終えたので、種明かしをします。この順番には意図があります。
伝わらない悲しさ(ごん)
→ 敵への敬意(大造じいさん)
→ 高揚から恐怖へ(紳士たち)
→ 約束と裏切り(雪女)
→ 友情と信頼、そして絶望から希望へ(メロス)
心の幅が、少しずつ広がっていく順に並べてあります。
最初は「気持ちが伝わらない」という、誰にでも身に覚えのあるところから入る。次に「敵なのに尊敬してしまう」という、少しねじれた気持ちを扱う。恐怖、裏切りと進んで、最後に「信じる・信じられる」という、いちばん複雑で、いちばん大きなテーマにたどり着きます。
第7時はまとめです。「いちばん心を動かされた人物は誰でしたか。それはなぜですか」を書いて、自分の言葉にして終わります。
各回は45分想定で、形はぜんぶ同じにしてあります。
ワークシートは全回共通の3段構えです。
2番で「本文のどこから」を必ず書かせるのが、このプログラムのこだわりです。心情を読むのは、感想を言うことではなく、根拠を探すことだからです。
この5作品、教科書での配当学年はバラバラです。ごんぎつねが小4、大造じいさんとガンと注文の多い料理店が小5、走れメロスが中2、雪女に至っては教科書に載っていません。
なので学校の学年配当には合わせていません。 対象の目安は小学校高学年から中学生。塾・家庭学習・読書会など、学校の外で使うことを想定しています。
ちなみに調べていて驚いたのですが、『注文の多い料理店』は現在3社中1社(東京書籍)にしか載っていません。『スーホの白い馬』は光村図書だけです。「小5の定番教材」と思っていたら、地域によっては誰も習っていない、ということが起こります。
このあたりの調査結果と、この教材ができるまでの舞台裏は制作秘話の記事にまとめました。AIと15往復しながら作った過程と、途中で埋まっていた私の勘違いも全部書いています。
キットは無料で配っています。使う人によって必要なものが違うので、入り口を2つに分けました。
ZIPには編集用のMarkdownが入っています。ご自分の言葉に書き換えて使ってください。
物語の本文は、上の各話のリンクから無料で読めます。
名前もメールアドレスもいりません。そのままダウンロードできます。
ファイルを落としてから1つずつ開くのは、スマホだとけっこう大変ですよね。とくにお子さんには操作が難しいと思います。
そのままブラウザで読めるページを用意しました。文字の大きさも画面に合わせて変わります。
まとめて見たいときは キットの目次ページ からどうぞ。各ページからPDF版にも行けます。
冒頭の質問に戻ります。
『ごんぎつね』のあらすじ、言えますか。
もし今、少しでも思い出せたなら、それだけでこの記事の役目は果たせています。そして、思い出したついでに、もう一度だけ読んでみませんか。
大人になってから読むごんぎつねは、子どものころとぜんぜん違って見えます。私は、兵十のほうに感情移入してしまって、しばらく動けませんでした。あの「ごん、おまえだったのか」は、取り返しのつかないことをしてしまった人の言葉なんですよね。
子どものころには、そこまで分かりませんでした。
物語は、読み手が変わると意味が変わります。だから何度でも読めるし、心を読む練習台としてこれ以上のものはないと、私は思っています。